ブランコは血の匂い
雨上がりの公園で、ブランコに走り寄る。
服が濡れるのは嫌だから、立ち漕ぎで。
キュルーコ、キュルーコと鉄の軋む音をたて、雨水を飛ばしながら世界を揺らす。
思えば、人生で始めての乗り物操縦はブランコだった気がする。記憶にないけど。
ブランコをつくった人は天才だと思う。
何が楽しいのかさっぱりわからないけど、たしかに楽しい。
おともだちのうんこちん(仮名)は、ちっちゃい頃、ブランコに取り憑かれて、1日中、延々とこぎ続けた結果、おしりに大人になっても消えない青あざができちゃったんだって。
どう見ても、蒙湖斑(もうこはん)!
「違うの、これは蒙湖畔じゃなくて、ブランコの乗りすぎでっ」
って、付き合う彼氏が変わるごとに必死の言い訳。可愛いやつよ。
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ブランコを漕いだ後、手のひらのを嗅ぐと、血のにおいがした。
これには、たいていの人が同意してくれた。
「鉄は血のにおいだね」
たくさんの人が言う。
わたしには目が痒いとき、目の中に指をつっこんで、ぐりぐりこする癖があったのだけど、目の中をこすった後に指を嗅ぐと、やっぱり血のにおいがした。
これには、誰ひとり同意してくれなかった。
「目玉は血のにおいだね」
わたしだけが言う。
大人になってから、ためしに目の中に指をつっこんでぐりぐりやってから、においを嗅いでみた。びっくりした。無臭なんだ。
じゃあ、子供の頃ににおっていた、あの血のような鉄のようなブランコのようなにおいは何?
まぼろしだったんだろうか。
子供のときにだけ、見えたり聴こえたり匂ったりするものってあるよね。
よくあるところだと、家の柱の木目のなかに、恐ろしい顔をしたおっさんが見えたり。
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ところで、鉄も無臭だって知ってた?
においを感じるということは、化合物が揮発して、鼻の感覚細胞に付着するってことだけど、鉄の沸点は1535度だって!
鉄のにおいを嗅ごうと思ったら、1535度の灼熱地獄のなかで、鉄の揮発を待たなきゃならない。冷静に考えてみたら、そういうことなんだよね。
じゃあ、皆が「鉄のにおい」だと感じている、あのにおいは何?
やっぱりまぼろし?
調べてみたら、こんなサイトがあったよ。
こういう疑問に真剣に挑むひとたちがいてくれることに、心安らぐ雨の夜なのでした。
おしまい。